宮崎県延岡市
観光案内所




延岡市の郷土芸能


ばんば踊
延岡市
概要:藩政の頃から踊り伝えられてきたこの踊りは、播州(今の兵庫県)から船の交易を介して延岡に伝えられたとも、その年の豊作を祈ってお城の側の馬場で踊られていた踊りが由来であるとも言われている。
団七踊り
延岡市松山、野地、桜ケ丘、稲葉崎、三輪、伊形地区
概要:団七踊りは全国各地にあるが、延岡のものは囃子をくどき風の語りに合いの手として入れず、最初に太鼓を体ごと打ちかかり語りも独特の音頭で歌い上げる。
花笠踊り
延岡市伊形町
概要:約 400年程前、7日7晩も津波が続き、村人達が山に避難して神仏に救いを求め祈ったところ、どこからともなく7羽の白鷺が現われ、津波の上で舞い始めた。すると不思議や波がおさまったので神仏の助けと喜び、以来旧暦の7月16・17日に奉納されている。
臼太鼓踊り
延岡市行縢町
概要:この踊りは豊後の大友氏に滅ぼされた行縢大日寺宗門徒一族供養のため始められたといわれ、後には五穀豊穣や雨乞いなどのため行われてきた。
古式音頭
北方町家田
概要:8月のお盆供用音頭として団七踊りなどとともに保存・継承されている。出し物として志賀団八、須磨の浦風、牡丹長者、一つの谷他
臼太鼓踊
北方町笠下
概要:笠下集落に鎮座する観世音菩薩に奉納おどりとして約 300年前の昔から伝えられたものという。5庭のおどりがあり「新庭」「四節」「ながいれ」「大友」「古木」と呼ぶ。「大友」の踊りは豊後の大友宗麟が延岡を皮切りに攻め下ったが、都農町付近で敗退し、豊後に逃げ帰るという物語りを舞踊化したものである。22名位の踊りであるが、地味で素朴な踊りである。
歌糸棒おどり
北浦町三川内
概要:歌糸菅原神社の祭礼行事に豊年を祝って奉納されるカシの棒を使った4人1組で踊られる勇壮な舞。
櫂伝馬踊り
延岡市大武町
概要:日向灘に面した大武町は、江戸時代、主に大阪方面との交易で栄えた港町でした。その賑わいの様子を伝えるのが、この勇壮な踊りです。「伝馬船」は、沖に浮かぶ本船との連絡用の小舟のことで、「櫂」は、船を漕ぐ道具です。
団七踊り
北方町猿渡
概要:天保2年百姓与茂作が娘二人と共に田の草取りをしている通りかかった志賀団七の袴のすそに少しばかりの泥をかけたという理由で手うちになった。そこで残った娘2人が武芸の修業に励み、見事本懐を遂げたという物語を踊りにしたものである。
臼太鼓踊り(なぎ刀踊り)
北方町早中
概要:その昔、豊後佐伯のキリシタン大名、大友宗麟が日向路に征圧の軍を伸ばし延岡藩を攻めんとする時に領内打扇住民は延岡藩必勝のため打扇地蔵尊に祈願をなし、幸運にも大敵退散の願成就として、臼太鼓踊りが奉納されたのが始まりで、この地に伝わる踊りは攻陣踊りで賑やかな型の踊りと言われる。



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