宮崎県五ヶ瀬町
観光案内所


五ヶ瀬町の文化財


三ヶ所神社
五ヶ瀬町三ヶ所
概要:西暦900年後半ごろに創建。1818年社殿が改築されました。流れ造りは総檜造りで、建築風と彫刻は、近世の傑作といわれています。この本殿は、平成14年10月に県の文化財に指定されました。また、県の有形文化財の『石刻門守神像(二面)』があります。秋の例大祭には、坂本地区に伝承されている国の重要無形民俗文化財の指定を受けている『荒踊』が奉納されます。

三ヶ所神社奥宮
五ヶ瀬町三ヶ所
概要:天孫降臨の聖地二上山の急峻な岩肌にあり、神々が宿るにふさわしい荘厳さを誇っています。訪れる人は急な階段を登り、神々の深き山間を探索しながらの参拝となります。六峰街道沿いにあり、付近の山は、春はアケボノツツジ、夏は新緑、秋は紅葉、冬には光り輝
樹氷が見られます。

坂本城址
五ヶ瀬町三ヶ所
概要:坂本地区の東方の丘陵上にあり、三ヶ所川上流の断崖に囲まれ、自然の要塞を利用した山城の城址です。平成6年度に「荒踊の館」が完成しました。

炎王山専光寺
五ヶ瀬町三ヶ所
概要:寺伝では、開基は「慶長年間(1696〜1615年)坂本城主坂本山城守正次の孫が入道し釈休覚といい専光寺を開く。」とあります。また、西南の役で西郷隆盛らが宿したとされ、境内に西郷隆盛本営跡の記念碑があります。

恵良八幡
五ヶ瀬町三ヶ所
概要:三ヶ所尾原にある社で、「天正19年(1591年)延岡城主高橋元種が高千穂領主三田井親武を攻め落としたとき、親武の重臣がこの地に逃れたが帯刀の蛍丸という名刀が暗い所でも光って発見され、ここで割腹して果てたという。その後、村人はその地にいろいろな奇跡を見るようになり、その霊験に驚き改めて、その墓所に社を建立して恵良八幡と称して崇めるようになった。」と伝えられています。

古戸野神社
五ヶ瀬町桑野内
概要:創建年代は不明。社伝によると吉野朝の忠臣芝原又三郎入道性虎が押方村芝原から桑野内横通に移ったとき、芝原に立っていた熊野三社権現をこの地に勧請したのが初めといわれています。あたりは、大杉の大樹におおわれ、ひっそりとしています。

芝原又三郎の墓
五ヶ瀬町桑野内
概要:吉野朝の忠臣芝原又三郎一族の墓は桑野内横通にあり、厚福寺跡五輪塔には梵字が判読できます。スケールの大きい城跡・居宅跡・菩提寺跡があり、霊地として言い伝えられています。

桑野内神社
五ヶ瀬町桑野内
概要:創建年代は不明。烏岳のふもとにあります。

祇園神社
五ヶ瀬町鞍岡
概要:創建年代は不明。社伝によると清和天皇の貞観11年(869年)に山城八国八坂郷の祇園神社を勧請したものといわれています。元久2年に奈須大八郎及び宗昌が参拝して植えたとされる栃の木が境内にありました。夏の例大祭は「ぎおんさん」、秋の大祭は「おくんち」として古くから親しまれています。

妙見神社
五ヶ瀬町鞍岡
概要:妙見神社は祇園山の中腹、五ヶ瀬川河畔の森にあり、その一角石灰岩の間からの湧水は妙見神水といわれ、古くから地域で利用され親しまれています。

超燿山金光寺
五ヶ瀬町鞍岡
概要:慶長元年(1596年)、釈了正の開基。庫裏、内陣は元禄7年以後現在まで災害に遭うことなく、当時のままの形をとどめています。西南の役では、西郷隆盛や桐野利秋らが泊まり、桐野利秋が金光寺の行燈に「中村半次郎」と落書きをしたのですが、現在その行燈は残っていません。

日融山光照寺
五ヶ瀬町桑野内
概要:創建は慶長元年(1596年)。原茂惣太夫(肥後阿蘇郡出生、加藤清正の家臣)が出家し、当地に釈了正と号し開基したと伝えられています。

揚城址
五ヶ瀬町鞍岡
概要:鞍岡揚地区にあるのでこう呼ばれているそうです。この城跡は、山城らしく立派であったと思われます。



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